Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その7 - オーストラリアの特派員コラム

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Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その7

天井、壁にいたるまで白で統一され、さらに新築ということも相乗効果となって清潔感あふれた部屋だった。
間取りは3LK。このリビンク部分が15畳ぐらいで広々としている。新築のためか、玄関で自分の靴を脱いだ。
荷物を置くために通されたのは8畳ほどの部屋だった。ボクの部屋らしい。エアコンはついていないが天井には巨大なファンが付いている。これまた南国らしい。昔行った、とある国のとある島のコテージをふと思い出した。
ダーウィンの家に天井にファンが付いているのは当たり前なのだ。もちろんこと白で覆われたこの部屋は戸棚とベッドがあるだけで非常に簡素だ。ここから自分の生活がスタートするのだ、そう思うとやっと地に足がついた気がした。
アイリーンに促されてボクはベランダに出ていた。部屋ひとつ分はあるくらいの広さで、アイリーンの趣味である観葉植物たちがが所狭しと配置されている。中央には木の匂いが漂ってきそうな木製のテーブルとイスが置いてある。ここの家は南西の角部屋で、広々とした眺望が開けている。
ベランダからは相変わらずの椰子の木、そして道の向こうには青い芝生の広がったゴルフコースが見て取れる。ゴルフコースではTシャツ、短パンというカジュアルな恰好でゴルフに勤しむ人々がボクの目に映った。ゴルフ場の片隅では数人のアボリジニたちが座って話しこんでいる。オーストラリアらしい景観だと思った。
また野鳥のさえずりが聴こえた。


日本語補助教員

ダーウィンの季節はオーストラリアの真北にあることもあり一年中真夏だ。海を渡ってすぐにインドネシアがあったりする。毎月、最高平均気温が30度を軽く超えるところからも暑いということがうかがえる。季節は2シーズン制で雨季と乾季しかない。雨季は10月終わりから4月の真ん中までで、乾季は4月終わりから9月終わりまでとなる。2月の今は雨季の真っ只中ということだ。たまたま降っていないのは僥倖と云ってもいいかもしれない。
アイリーンはボクが勤める予定のダーウィン・ハイスクールで数学を教えているシニアティーチャーだ。シニアティーチャーとは教務主任のことで、数学教師の中で一番偉いらしい。
ボクらにアイリーンが飲み物を勧めてきた。
「何か飲む?」
これぐらいの英語はボクでもわかってきた。
「ビヤー・プリーズ」と躊躇せずボクは答えている。ボクはうも云わさずビールをなぜか頼んでいた。そう反射的に...。
気圧の高い飛行機の中で閉じ込められたボクの喉の渇きが極限まで達していたのだ。このダーウィン初日にいきなりビールをお願いした厚かましいとも取れる発言は後の語り草となることなる。いきなり来て図々しくこう頼んだボクにユミさんは舌を巻いたそうだ。
ユミさんはジュースで、ボクはビール。ビールの入ったボトルは「スタビーホルダー」に入れてきてくれた。これはウェットスーツの生地でできていて缶や瓶の飲み物がすぐに温くならないようにする保冷容器だ。オーストラリアのスタンダードな土産物だったりする。
アイリーンの教師仲間のク女性が先客としてテーブルに座っていた。クリスという英語教師だそうだ。
「じゃあ。マサさん。大丈夫ね。私帰ります」
ジュースを飲み終わったユミさんは、そう云い残してあっさり帰ってしまった。
...ええっ? もう帰ってしまうの? 一人残して殺生なー。冷てえなあ。
などと、ボクは思った。正直な話、もうちょっと居てフォローしてほしかったところだ。刹那的にグビグビとビールを飲むしかなかった。ビールは美味かったが元々の味以上に苦味が強く感じた...。
彼女らの話は何も聴き取れず、こちらからも何も話すことがない(というようり話すことができない)。取り残されたボクは徐々に心細くなってくる。どうしよう...。

日本語補助教員


しばらくして玄関のドアが開いた。
もしかして...。
もしやユミさんが戻ってきたかもしれないという淡い期待を抱いた。しかし、それはたちまち打ち砕かれた。アイリーンのもうひとりの教師仲間が入ってきたところだったのだ。残念。しかし、別な意味で嬉しかった。
入ってきたのはヘザーという名の理科の先生だ。ヘザーは一階にあるプールからブルーの爽やかなビキニ姿で戻って来た。背が高く、茶のかかったソバージュのスレンダーな女性だ。ボクは少々ドキッとした。彼女の髪はソバージュ、色は黒に近い茶髪だ。けっこう美形である。年齢は僕と同じくらいか少し年上かと思った。しかし、欧米人の年は見た目では判断できない。年上だと思ったりすると実は若かったりする。もしかしら下かもしれない。
彼女は何歳だろうと思い悩んでいると、どういう流れだか皆でマージャンをすることになった。
腕に覚えはないが、マージャンは学生時代からたしなんでいる。痩せても枯れても日本男児だ。ここで申し出を断ったら、日本男児の名折れだ。ここはサムライスピリッツの真髄を見せるしかない。ボクは手始めのコミュニケーションを図る上でもプチ・マージャン大会に参加することにした。
果たしてマージャンが始まった。
始めてわかったのだが、自分の知っているマージャンと何かが違っていた。捨て牌を整然と並べて置いていくのではなく、真ん中の場に牌を無造作に捨てていくのだ。
地方ルール(オーストラリアルールか?)だろうと漠然と思い、ボクは役を積み上げていった。
英語での牌の呼び名も面白い。白(ハク)=ホワイトドラゴン、發(ハツ)=グリーンドラゴン、中(チュン)=レッドドラゴン、萬子(マンズ)=キャラクタ、筒子(ピンズ)=サークル、索子(ソーズ)=バンブーという。
ボクは、
「フィニッシュ」
とばかりに皆よりいち早く、意気揚々と半分得意げに出来上がった役をその場にさらした。
「それは違う」
とすぐさま皆から突っ込まれた。頭の中に「?」のマークが浮かんでいるような顔をしている。自分が上がったと思ってさらした役が成立していないと云うのだ。
なぜだと疑問に思ったボクは「日本では...」と少し主張を加えたが、しばらくして事実が発覚。これは中国マージャンだそうだ。それに恐らく豪州ルールも加わっているのだろう。戦後の日本のマージャンとはルーツが違うのだ。
そう云えばリーチもないし、ドラもない。
ぐうの音も出ずもどかしさは募るばかりだが仕方なかった。
結果、惨敗である。いいところを見せようとした思惑は失敗に終わった。シナリオどおりにはいかず、内に眠っているサムライスピリッツは目覚めることはなかった。本当に中国マージャンをやっていたのかという疑問も湧いてくるのだが...。

夜はマージャンで辛酸を舐めたベランダでアイリーンと夕食を共にした。頼みの綱である電子辞書もないため、云いたいことが言葉になって口を出てこない。電子辞書依存はよくないが、アルナシでいえば有ったほうが気持ち的にも楽だ。
アイリーンの云っていることもよくわからない。アイリーンがせっかく作ってくれた食事を味わって食べる余裕もない。何を食べたか、何を話したかまったく覚えていない。
もどかしい状態でボクの初日は終わった。

波乱万丈になるのだろうと予感できるようなダーウィン初日の幕開けだった...。


「Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その8」に続く。。。
(文・菅 雅壱)
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