Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その8 - オーストラリアの特派員コラム - コラム一覧

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Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その8

オーストラリアコラム
物静かで、のんびりと、茫洋とした風景がどこまでもあふれている。

せせこましい生活からは想像もつかない、それからかけ離れた、間延びした日常にどっぷり浸かってしまうのではないかという危惧さえ抱かせてしまうが、それに反して、すべてを受け入れてしまってもいいではないかという、刹那的な魔のささやきが訊こえてくる。とにかく新天地に身を委ねる他ないという事実がそこに横たわっている。と同時に自らその風景に溶け込まなければならないという努力も必要だ。
しかし、思えば遠くに来たものだ、ということを考えれば、感慨もひとしおだ...。


今日は日曜日。
昨日も今日も空は晴れ渡っている。うららかな涼しい朝だった。明日から学校だという不安と、アイリーンとの会話を除けば、すがすがしいことこの上なし。
今朝はアイリーンが、新聞を買いに行くついでにダーウィンを車で案内してくれるという。互いの会話は弾んでいない...。
パンとシリアルの朝食を終えて、アイリーンの愛車でダーウィンの街中を走る。
彼女の愛車はマンションと同じに白色のフォードのバン。だが真っ白とは云えずところどころサビの浮いた年代モノ。今にも壊れそうで年季が入っている。オーストラリア人の物持ちの良さにボクは感心した。本当に動かなくなるまで使い切るのだろう。
そのオンボロ車が10分も走ると、非常に小さな店が集まった通りに辿り着いた。スチュアート・ハイウェィを曲がってすぐのところ。数軒が肩を寄せ合う商店街だ。
何でも置いてあるような雑貨屋で彼女は新聞とパンを買っていた。ハーベイ・カイテル主演の「スモーク」の舞台となる煙草屋にどことなく似ていた。ただ違うのはあっちは犯罪がはびこるニュヨークのブロンクスの街角であって、こっちは犯罪とは無縁の閑静な街中だといことだ。

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それから、街の中心に向けて、アイリーンは車を走らせた。すると、オーストラリアの先住民であるアボリジニの親子が裸足で歩いているのが見えた。オーストラリアでは昔から歴史的にアボリジニと移民たちと共存していくための様々な問題が生じている。アメリカでいうところのインディアンたちとの関係と似ている。しかし、オーストラリアのほうが根深く深刻に思えてならない。山積した問題を解決せずして共存共栄、オーストラリア国民としての融和は難しいだろう...。
「えっ?!これでおしまい?」
呆気ない...。
街の中心地は意外とコンパクトだ。スーパーや映画館、レストランが点在しているが、日曜日なのに人影はまばらだった。昨日までいたシドニーの大都会とは月とスッポンだ。云うと語弊があるかもしれないが、ひなびた風情の温泉街の様相を呈していた。
うむ、自分の性に合っている。想像通りだ。これなら、この街とうまくつきあっていけそうな気がした。

次にカランベイというヨットハーバーに移動。多種多様なクルーザー、ヨットが停泊している。大小様々な船舶は一発当てない限り自分には一生縁遠い代物だろう。海とヨットハーバーの間にはゲートがあり、開閉しては船が行き来している。キーキー鳴くカモメがマストの先端に止まっていて気持ちよさそうだ。仲間でも呼んでいるのだろうか...。
潮のスパイスの効いた浜風が吹いて心地いい。

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ダーウィン・ハイスクールが近くにあるということで、明日から勤務する予定なのだが、先駆けて連れて行ってくれることになった。短く刈り込んだ芝生の草原上に曲がりくねった道が続いている。
車中に沈黙が流れる。さっきから案にたがわず会話という会話は無い...。 聴こえるのはエンジン音と、タイヤが路面のアスファルトと接する摩擦音だけ。
うっ、気まずい...。
初めてのデートが車で、何も話せないでいる恋人同士みたいだ。だがしかし、パツキンのお姉さまだったらいいが隣は眉間に皺を寄せたオバサマだ。機嫌がいいのか悪いのかわかりゃしない。
「...プリンシパル...」
突然アイリーンは顔に似合わず(失礼)、甲高い声で云った。
ボクは沈黙が破られた一言にびくついた。
...プリンシパル?
彼女の発する言葉の端はしに「プリンシパル」という単語が散りばめられている。
「プリンシパル、プリンシパル...」
とアイリーンはしきりにしつこいくらいにボクに云う。運転席からチラ見したボクの顔にはてなのマークが張り付いていたからだろう。実際なんのことだか見当もつかなかった。
ダーウィン・ハイスクールは小高い丘の上にあった。
ここにもきれいに刈りこんだ芝生に覆われた運動場が広がっている。運動場の向こうに林が見えた。小さな崖の向こうは海が広がっていて、インド洋が一望できた。そんなところに囲まれた場所に校舎は建っている。
ここで一年近くお世話になるのだ。自然に囲まれた環境の良い学校だなという印象だった。子供たちの情操教育に最適なのだろうと単純に思った。歴史の古い公立高校だけあって、校舎もそれなりの風格がある。警備員に了解を得て校内に入れてもらった。冷房が効いていて中はひんやりしていた。今までかいていた汗が一気に引いた。
とある部屋に連れて行かれた。その一室ではひとりの男性がデスクに座っていた。
そして「プリンシパル...」とアイリーン。
あ~、なるほど!!
ぼんやりだが合点がいった。彼が校長(=プリンシパル)で、ここが校長室なのだ。ドアに「プリンシパル・ルーム」というプレートも付いていた気がした。アイリーンは「校長先生が学校にいるから会いに行こう」と云っていたのだとようやっと気がついた。
名はジョン・グラスビー。笑顔でボクを温かく迎え入れてくれた。
ジョンはボクと握手するために立ち上がった。デカイ...。
背丈は優に180センチは超えているだろう。がたいの良さが彼を更に大きく見させた。ゴッドファーザーやグッドフェローズに出てくるイタリアンマフィアの首領(ドン)のような貫禄のある校長だった。頭は丸く刈りこんでいる様は日本のヤクザの首領と云ってもよい。ゴッドファーザーことドン・ヴィトー・コルレオーネ張りの顔は笑っていても、目の奥は笑っていないような...。気のせいか。
がっしりと握手をされたが、威圧感に押されて少しだけ気が引けた。

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午後四時ごろ、アイリーンとビーチ・バレーボールをしに行く。
アイリーンは仲間らと毎週日曜日と月曜日にプレイしている。ビーチといってもバレーボールコートは海ではなく、内陸のど真ん中にある。国道の隣にあり、郊外の住宅地に囲まれているのだ。テニスコートと併設されたビーチバレー用のコートはふたつある。大量の砂は海から運ばれてきたのだろう。
アイリーンから仲間の名前を紹介してもらうが、ファーストネームを覚える習慣はあまりないのと、記憶力はあまり良くないのかボクはすぐ忘れてしまった。ただ、唯一名前を忘れなかった人物がいた。ダーウィン・ハイスクールの大魔神こと数学教師のピーターだ。禿げ上がった頭に左耳にピアスをし、無精髭をたくわえた大魔神のような大男で、数学教師に似つかわしくない風貌をし、教壇に立って生徒に数学を教える姿など到底想像つかなかった。
校長といい、ピーターといい、アイリーンといい、ダーウィン・ハイスクールはいったいどんな学校なんだ!? これはワクワクしてこないわけがない。

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いい汗をかいた...。
ここ数年運動なんて、仕事にかまけてまったくやっていない。それにバレーボールなんぞ、高校の体育の授業以来だ。砂に足を取られ、運動不足もあって思うように動くこともできなかった。帰るころには体は砂だらけになっていた。久しぶりの運動で汗だくになったが、陽の光を浴び運動の汗を流すほど至福になれるものはない。運動をせずただ飲み食いの快楽を追及していたことが恥ずかしく思えた。自堕落で太った体を少しでも搾ることができるかもしれない。

明日からは学校の初日である。


「Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その9」に続く。。。
(文・菅 雅壱)
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